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競馬の年間売上はいくら?競馬の最盛期と他のギャンブルとの比較

日本中央競馬会(通称JRA)は年間の総売上高はどれくらいの規模を誇っているのでしょうか?

 

平成27年度の競馬とその他ギャンブルの年間売上比較

昨年(2015・平成27年)は2兆5833億9186万9800円(JRA発表)です。

 

これは競馬人気の最盛期(1997年・平成9年)の4兆0006億6166万3100円約60%

 

約20年で40%の減収ですから相当な落ち込みと見ていいでしょう。

 

さて、JRA以外の公営ギャンブルの売上高はどれくらいなのでしょうか?

 

競輪は平成27年度6308億527万900円とJRAの約25%程度。

 

競艇は1兆422億8240万9300円でJRAの約40%程度。

 

オートレースは678億4959万4800円の売上でJRAの約2.5%程度。

 

地方競馬は4310億2738万3030円の売上で約15%程度です。

 

こうしてみれば、いかにJRAが公営ギャンブルの中で大規模であるか、お分かりだと思います。

 

ちなみに公営ではありませんが、パチンコ業界の市場規模は18兆円だと言われています。

 

公営ギャンブルは2~3年前までは売り上げが下げ止まらず、どの公営ギャンブルも厳しい状況におかれましたが各運営団体の努力もあり、売上はやや持ち直し始めました。

 

公営ギャンブルは世の中の景気と連動していると言われていますが、日本でバブル景気と言われた時期は1991年(平成3年)~1995年までとされているので競馬人気の最盛期とは約2年程のズレがあります。

 

 

バブル期〜最盛期前後の競馬界の出来事

このバブル期から競馬最盛期後5~6年を含めた1991年~2000年ぐらいまでとは競馬界はどんな時代だったのでしょうか?

 

1991年はトウカイテイオーが2冠を制した年で馬連が導入された年でもあります。

 

1992年はミホノブルボンが2冠を制し、メジロマックイーンが天皇賞(春)を連覇、またこの天皇賞(春)でメジロマックイーンとトウカイテイオーが激突し、世紀の対決と言われました。

 

1993年はビワハヤヒデ、ウイニングチケット、ナリタタイシンの3強がクラシックをわけあい、メジロマックイーンが史上初の10億円馬になり、有馬記念でトウカイテイオーが1年ぶりのレースで勝利しました。

 

1994年はナリタブライアンが史上4頭目の3冠馬となり、兄ビワハヤヒデも天皇賞(春)、宝塚記念を勝利。兄弟でGⅠ6勝を飾りました。

 

1995年サンデーサイレンス旋風が始まった年で、自身の産駒が皐月賞、オークス、ダービーを制覇。地方交流重賞が拡大され、ダート王ライブリマウントが登場。

 

1996年ダンスインザダーク、マーベラスサンデーなどサンデーサイレンス産駒がGⅠを連戦連勝。ダート界にはホクトベガが登場。

 

1997年サニーブライアンが2冠、天皇賞(秋)で17年振りに牝馬のエアグルーヴが勝利。

 

1998年スペシャルウィーク,グラスワンダー,エルコンドルパサー,セイウンスカイの3歳世代が活躍。サイレンススズカの大逃げがファンの注目を集める。タイキシャトル,シーキングザパールが海外GⅠを制覇。

 

1999年エルコンドルパサーの凱旋門賞挑戦(2着)、スペシャルウィークの天皇賞(春)(秋)制覇、グラスワンダーがグランプリ連勝。

 

2000年テイエムオペラオーが年間GⅠを5勝、エアシャカールが2冠。

 

2001年ダービー馬ジャングルポケットがジャパンCを3歳で制覇、ジャパンCダートも3歳クロフネが制覇。香港デーの香港3レースを全て日本馬が優勝。

 

 

まとめ

駆け足で見てきましたが、この10年間がJRAの売上最盛期だったのです。

 

海外遠征の活発化,地方競馬との交流拡大、毎年現れるスターホース、より現代に適した番組への改変など、ギャンブル的な要素だけではなく裾野を広げる施策が多く見受けられます。

 

レジャーが多様化している昨今では以前のような隆盛は望めないでしょうが、常にファン目線での改革が競馬への関心を高め、売上向上に繋がっていくのではないでしょうか?

 

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