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グラスワンダー 〜 時にファンを不安させ、時にファンを歓喜させた偉大なるグランプリホース〜

グラスワンダー(1999年12月26日、中山競馬場)

出典:wikipedia

 

グラスワンダー。

有馬記念を連覇し、間に宝塚記念も制したことで、グランプリ3連覇を達成した馬です。

 

これだけの偉業を達成しながらもG2戦で人気を裏切ったりしたため、ファンからは良くも悪くも狙いづらい一頭だったことでしょう。

 

そんな、20世紀末の競馬界を盛り上げたグラスワンダーについて、まとめてみました。

 

アメリカのグラスワンダー

父はアメリカのシルバーホーク。

G1勝ちこそなく、善戦どまりでしたが繁殖馬として一気に知名度を上げました。

 

母親はアメリフローラで競争成績はありません。

 

グラスワンダーはアメリカの生産馬で、アメリカのセリに参加していた元調教師の尾形充弘氏に25万ドルで落札されました。

なお、競り合っていた相手はドバイの大馬主であるゴドルフィンだったそうです。

 

デビュー前

1996年の11月に日本に渡日したグラスワンダーはさっそく育成調教に入ります。

バランスの良い体格にしなやかな動きが相まって、前評判は非常に高かったようです。

 

このとき、同じく調教されていて評判の良かった馬が後にダービーを制することとなったスペシャルウィークだったといわれています。

 

美浦の尾形厩舎に入厩したあとも評判は良く、主戦を務めた的場均騎手をもって

 

「間違いなく一流になれる馬」

 

と太鼓判を押されていました。

 

期待が高まった4戦

デビュー戦は主戦の的場騎手が鞭を使わずに3馬身差で快勝すると、続くアイビーステークスももったままで5馬身差の圧勝でした。

 

前評判通りの活躍ぶりを見せたグラスワンダーは続く京王杯3歳ステークスに出走します。

 

相手関係に新潟3歳ステークスを勝ったクリールサイクロン。

小倉3歳ステークスを制したタケイチケントウがいました。

 

それでも直線は相変わらずもったままで2着馬に6馬身の差をつけて優勝します。

 

 

この勢いままに12月の朝日杯フューチュリティステークスに挑みます。

 

この朝日杯フューチュリティステークスは

 

タイキシャトルの引退レースとなったスプリンターズステークスを勝ち切ったマイネルラヴ

京都2歳ステークスを勝ったフィガロ

後にフランス・イギリスのG1レースを制するアグネスワールド

 

 

相手関係も今振り返るとなかなかの猛者がそろいましたがデビューから負けなし。

それももったままでの勝ちっぷりが評価され1.3倍の人気を集めます。

 

 

そして、その期待に応えるかのように、2着馬マイネルラヴに2馬身半差をつけて完勝しました。

 

4戦4勝で3歳シーズンを終えたグラスワンダー。

 

当時、外国馬はクラシックに出走できなかったため、クラシック路線に名乗りをあげることはできませんでした。

春の最大目標に〇外が出走できるNHKマイルカップを選択します。

 

同期に圧倒的強さを見せつけたグラスワンダーは競馬ファン・競馬関係者から多くの支持を集めます。

 

ところが、翌年3月に骨折が判明。

NHKマイルカップどころか、一番充実期ともいえる時期でのレースを棒に振ることとなりました。

 

古馬混合戦で

目標であったNHKマイルカップへの出走を頓挫され、とにかく治療に専念したグラスワンダー陣営。

幸い、症状は軽く8月にはトレーニングセンターに復帰します。

 

秋の初戦は東京競馬場の毎日王冠に設定しました。

この毎日王冠は現在でも語られるくらい有名な馬がそろいました。

 

まず、競馬ファンにとって逃げ馬の代名詞的存在と言ってもよいサイレンススズカが出馬しました。

サイレンススズカはいうまでもないですが大逃げに定評があり、直線に入ってからでも足を使うことができるスタミナ・トップスピードに長けた馬です。

 

また、当初グラスワンダーが春の最大目標に掲げていたNHKマイルカップを勝ったエルコンドルパサーも出馬を表明しました。

 

エルコンドルパサーの主戦を務めていたのは的場均騎手でした。

的場騎手はグラスワンダーか、エルコンドルパサーか、悩みに悩んだ挙句、グラスワンダーを選択しました。

エルコンドルパサーには蛯名正義騎手が騎乗することとなります。

 

このことから、エルコンドルパサーの引退レースとなった凱旋門賞まで蛯名騎手は乗り続けることとなりました。

 

 

毎日王冠はG2ながら、グラスワンダー・サイレンススズカ・エルコンドルパサーが出走するということでG1並みに盛り上がったそうです。

 

結果は、グラスワンダーも2番人気に支持されましたが光速で逃げるサイレンススズカが後続を全く寄せ付けずに圧勝してしまいました。

2着はエルコンドルパサーで、グラスワンダーは骨折明けにくわえて長期休暇の影響もあって5着に敗れてしまいました。

 

 

続くアルゼンチン共和国杯はメンバー関係はこの毎日王冠よりはるかに楽な相手関係でしたがここでも6着と凡走しています。

 

 

ちまたでは

 

「2歳がピークだった」

「骨折で調子が狂った」

 

と言われるようになりました。

 

当初予定していたジャパンカップを回避し、照準を有馬記念に選択します。

 

ちなみにこのジャパンカップではエルコンドルパサーが優勝し、的場騎手は選択した馬を間違えたと見出したゴシップもあったようです。

 

 

有馬記念は同期の皐月賞・菊花賞を制したセイウンスカイやオークス馬であるエアグルーヴが上位人気を占めていました。

 

グラスワンダーは近2戦の凡走の影響か4番人気まで支持を落としますが、なんとこの有馬記念で逃げるセイウンスカイを捕らえてグラスワンダーは優勝したのです。

 

外国馬として有馬記念を制したのはこのグラスワンダーが初でした。

また、キャリア7戦での有馬記念制覇も史上最短記録として更新してしまいました。

 

同期のライバル エアジハード

有馬記念を制したグラスワンダーに一気に注目が浴びるようになりましたが、グラスワンダー自身は身体の不調で思うようにいきません。

 

初戦に予定していた中山記念は筋肉痛のため回避し、続いて予定していた産経大阪杯も左眼の下部に裂傷があり、回避します。

 

時期も考慮し、目標を安田記念に設定した陣営は安田記念のステップレースである京王杯スプリングカップに挑みます。

 

怪我や状態が気になるところですが人気は2.1倍で1番人気に支持されます。

2着馬は同期のエアジハードでした。

 

続く安田記念は1.3倍の圧倒的1番人気に支持されます。

ところが、前走京王杯スプリングカップで勝ち切ったエアジハードに最後の最後かわされて2着に敗れてしまいました。

 

グラスワンダーも非常に調子がよかったのですが、それ以上にエアジハードの距離適性、余力を残していたことがエアジハードの勝因とされています。

 

同期のエアジハートはこの年のマイルチャンピオンシップも制覇。

同年の春秋マイルG1を制することとなったのです。

 

 

安田記念で2着に敗れ、春のグランプリレース宝塚記念に参戦することが決定されたのは宝塚記念開催の2週間前でした。

 

夏に弱かったグラスワンダーをこの酷暑の中で走らせるか、尾形調教師は冷静に考えていたそうです。

グラスワンダーの体調が徐々によくなってきたことを見越して参戦することが発表されました。

 

永遠のライバル スペシャルウィーク

スペシャルウィーク(1999年10月31日、東京競馬場にて)

出典:wikipedia

 

宝塚記念では、同い年のスペシャルウィークと初対決となりました。

ターフでグラスワンダーとスペシャルウィークが会うのははじめてです。

 

グラスワンダーにとってスペシャルウィークは同期のダービー馬

スペシャルウィークは今年は王道の古馬中距離路線を歩んでいて、阪神大賞典を快勝したあとは、天皇賞春で昨年の天皇賞勝ち馬メジロブライトの追撃を凌ぎ切って優勝しました。

 

マイル路線から参戦するグラスワンダーと、長距離路線から宝塚記念に駒をすすめたスペシャルウィークとの初対決がここからはじまったのです。

 

 

人気はスペシャルウィークのほうが上でしたがグラスワンダーも2番人気でした。

 

 

レースは、スペシャルウィークが4.5番手くらいの位置で競馬をし、その後ろから虎視眈々とグラスワンダーが追走します。

 

4コーナーでスペシャルウィークが動き出し、直線でスペシャルウィークは先頭に立ちます。グラスワンダーも直線から動き出します。

 

直線、スペシャルウィークが有利に見えましたがグラスワンダーは後ろからじわりじわりとスペシャルウィークに迫ります。

スペシャルウィークを残り200mあたりでとらえるとそのままハナにたち、ぐんぐん後続を突き放しました。

 

スペシャルウィークに3馬身ほどの差をつけて優勝したのです。

 

グランプリ3連覇へ

宝塚記念を勝ち、グランプリ2連覇を達成したグラスワンダーは続く毎日王冠を勝ち切ります。

レースは勝ちましたが2着馬が出走馬で唯一の重賞未勝利馬だったメイショウオウドウで、ハナ差3センチの辛勝でした。

 

グラスワンダーは左回りの東京を苦手としていて、その後予定していたジャパンカップで勝ちきれるのか不安視する声が上がりました。

ジャパンカップへ調整されていましたが、筋肉痛を発症し回避します。

 

狙うは暮れのグランプリレース有馬記念でした。

 

有馬記念では同期のダービー馬であるスペシャルウィークが再び参戦し、また、この年の皐月賞を制したテイエムオペラオーも出馬を表明しました。

 

グラスワンダーも筋肉痛を治し、万全な体調で有馬記念へと挑むこととなります。

 

人気はグラスワンダーが1番人気でスペシャルウィークが2番人気。

それぞれ2.8倍、3.0倍でした。

 

 

レースは、グラスワンダーもスペシャルウィークも後方待機の競馬で流れます。

4コーナーから直線にかけてグラスワンダーが先に進出をはかります。

スペシャルウィークも最後方から猛追をしかけ、グラスワンダーとスペシャルウィークの一騎打ちとなりました。

 

ゴール板はほぼ同時入選で、スペシャルウィーク騎乗の武豊騎手はゴールした後、ウイニングランをするほどでした。

 

しかしながら入着順位は

 

1着 グラスワンダー

2着 スペシャルウィーク

 

 

ギリギリのところでグラスワンダーが先着。

 

見事、有馬記念連覇を達成したのです。

 

引退

有馬記念を連覇。

グランプリを3連覇果たしたグラスワンダーは翌年もターフに出走しました。

しかし、この年のグラスワンダーは昨年までの勢いがどこへいったのかといいたいくらい不調が続きます。

 

日経賞 6着

京王杯スプリングカップ 9着

 

主戦の的場騎手はこの京王杯スプリングカップを最後に、グラスワンダーから降ります。

 

全く調子が整わないままに、グランプリ4連覇をかけた宝塚記念に出走しますが、勝ったのはこの年大進撃を繰り広げていたテイエムオペラオーでした。

 

グラスワンダーは6着で、競走後に騎乗していた蛯名騎手が下馬。

骨折が判明し、そのまま引退することとなりました。

 

種牡馬入り

グラスワンダーの初年度産駒は2004年にデビューしました。

 

もっとも有名な馬はジャパンカップを制したスクリーンヒーローでしょう。

そのスクリーンヒーローも現在は種牡馬として活躍しています。

 

スクリーンヒーローの仔で有名な馬は主に2頭あげられます。

 

有馬記念を制したゴールドアクター

安田記念・マイルチャンピオンシップ・香港のG1、計6つのG1タイトルを制したモーリス

 

ゴールドアクターやモーリスはグラスワンダーからしたら孫にあたります。

 

そのモーリス・ゴールドアクターは共に種牡馬入りしました。

この2頭の仔が誕生したらグラスワンダーにとって曾孫に当たりますね。

 

 

グラスワンダー産駒で有名な馬はアーネストリーも挙げられます。

 

2011年の宝塚記念の勝ち馬で、親子で宝塚記念を制したことになります。

 

まとめ グラスワンダー世代

デビューで快進撃を繰り広げたと思えば怪我で一番実りのある4歳(現3歳)シーズンを棒に振ります。

それでも走るときはG1を舞台にしても好走しますし少なからずムラっけのある馬だったでしょう。

 

ただ、ベストバウトといえる宝塚記念では同期のダービー馬であるスペシャルウィークを捻じ伏せ、連覇のかかる有馬記念でもスペシャルウィークに僅差で勝利しました。

 

 

スペシャルウィークの成績は17戦10勝と、今でも語られる名馬です。

また、グラスワンダーが4歳の時に最大目標にしていたNHKマイルカップの勝ち馬であるエルコンドルパサーは11戦8勝と堂々たる成績を持ち、また、日本馬として初めて凱旋門賞で2着に健闘したことで人気が爆発しました。

 

 

グラスワンダー

スペシャルウィーク

エルコンドルパサー

 

上記の3頭がそろった世代を最強世代という声はいまなおありますし、その産駒が次世代を担っていることから、つくづく競馬はドラマであると考えさせられます。

 

これからも、3頭の血を継いだ仔たちの活躍に目が離せませんね。

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