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気性難だった名馬ランキングトップ10

競走馬も生き物ですからそれぞれ性格があります。例えばスペシャルウィークのように大人しい馬もいればオルフェーヴルのように気性の荒い馬がいます。

 

競走馬によって個性も様々。特に気性の荒い馬はパフォーマンスとしても人を惹きつけますし、癖がありながらも度の馬よりも強い馬は一般的な馬以上に思い入れが強くなり多くの人に愛される存在となります。

 

ここでは、現役時代に気性の荒かった馬を10頭、ランキングにして、紹介させていただきます。できるだけ有名な馬をまとめさせていただきました。

 

気性難とは

まず、気性難について簡単に説明します。

 

人間にもいえますが気性難とは気性が激しかったり悪くなったりしがちで、喜怒哀楽に例えると怒りっぽい性格のことを指します。また、普段でもいらいらしがちなことを指すため短気であるともいえます。

 

つまり、気性難の馬というのは気が短い馬、いらいらしがちな馬、怒りっぽい馬のことを指すのです。

 

1位 オルフェーヴル

史上7頭目となる三冠馬です。同じ三冠馬であるディープインパクトを優等生タイプとしたらオルフェーヴルは手の付けられないやんちゃタイプの馬ですね。

 

そのエピソードは数知れず。デビュー直前までは非常におとなしい馬だったらしいのですが、新潟で開催された新馬戦で本場馬入場に入ると豹変

 

急に気性が荒くなり、新潟の直線で斜行するほどの勢いであっさり勝ったものの、ゴール板を過ぎてから、鞍上の池添騎手を振り落とし、その後も暴れまわる始末で、勝利の記念撮影が中止になるほどでした。

 

最後のクラシックである菊花賞でも勝った直後に池添騎手を振り落とし、多くの人が「こんな三冠馬は見たことがない」と思ってしまうほどでした。

 

古馬になってから印象的なエピソードは4歳の阪神大賞典でしょう。阪神大賞典は阪神競馬場の芝3000mのレースで向こう正面からスタートし、阪神競馬場を一周半するレースです。

 

一回目のホームストレッチから1コーナーにかけて中段にいたオルフェーヴルがするすると先行に立つと、向こう正面に差し掛かったあたりで先頭に立ち競馬をします。ところが、向こう正面から3コーナーあたりで外側に斜行しスピードを落とします

 

誰もがオルフェーヴルに何かがあった、故障でもしたのかと思いましたが、その矢先また走り出したのです。これに関しては全ての競馬ファン、関係者、騎手が驚きを隠せなかったのですがそれ以上に驚いたのがそこからオルフェーヴルが巻き返しを図ろうとしたことでしょう。

 

4コーナーを回って直線に入るとなんと先頭集団までまくり返すオルフェーヴルこれにはオルフェーヴルの馬券を購入したファンも購入していないファンも度肝を抜かされました。

 

さすがのオルフェーヴルも内ラチでロスなく競馬をしたギュスターヴクライの2着に敗れてしまいましたがオルフェーヴルの強さと破天荒さが存分に発揮されたレースなのです。ちなみに次走の天皇賞(春)はこのときの激走のためか11着に敗れてしまいました。

 

破天荒でありながらもクラシック三冠をはじめ、凱旋門賞で2年連続2着に入選したり、引退レースとなった有馬記念で8馬身差の圧勝劇を見せたり、インパクトのある競馬は多くの人の心をつかみました。

 

現在は種牡馬として第二の人生を営んでいます。気性の荒い馬でもダントツで強い馬であると思います。

 

参考:三冠馬オルフェーヴルの血統、ファンに衝撃を与えた現役時代4つの事件

 

2位 ゴールドシップ

オルフェーヴルの一つ年下のこれまた暴れん坊な馬。オルフェーヴルの再来ともいうべきゴールドシップは芦毛の美しさで多くの競馬ファンの心をつかみました。

 

印象的なレースは初のG1タイトルを手にした皐月賞でしょう。中山最終週ということもあり多くの騎手が荒れた内ではなく伸びる外馬場を選択する中、ゴールドシップと鞍上内田騎手は荒れた内ラチを選択

 

普通であればスピードを発揮することなく、パワー負けしてしまうところですがゴールドシップは荒れた馬場をものともせずに末脚を使い、荒れた内から皐月賞を制したのです。多くの競馬ファンがゴールドシップのパワーとスタミナに驚嘆したのです。

 

ゴールドシップのエピソードで有名なものは三連覇のかかった宝塚記念でしょう。すでに宝塚記念で二連覇を達成し、史上初となる三連覇に挑んだゴールドシップ。

 

前走の天皇賞(春)でゲートに入る前に苛立っていたため、この宝塚記念はなんと目隠ししてゲートに入ることとなりました。ところが、ゲート内で目隠しを外すとその気性の荒さが爆発し、ゲートで立ち上がってしまいます。

 

そしてタイミング悪く、立った時にゲートが開いてしまい、とんでもなく出遅れてしまいます道中で巻き返しを図りましたが、このころのゴールドシップはすでに6歳で能力のピークは過ぎていました。懸命に追いましたが15着に敗れてしまいました。

 

6歳の晩年も競馬をしましたがさすがに年齢的な衰えか、全盛期の活躍は見られませんでした。それでも、ゴールドシップがターフにやってくるだけで多くの人は応援しましたし人を惹きつける魅力を備えていた馬だったのです。

 

参考:新種牡馬ゴールドシップ産駒の特徴と傾向!狙いどころを紹介

 

3位 サイレンススズカ

最速の貴公子と名高いサイレンススズカも気性難だったそうです。

 

古馬になってからの実力は折り紙付きでしたが、クラシックのころはその気性の荒さがかみ合わず、レースでも勝ちきれません。

 

しかし、鞍上が武豊騎手に乗り替わってから、武豊騎手は「サイレンススズカの走りたいような競馬をする」ことにします。ようするに騎手が無理に馬をコントロールするのではなくあくまで馬のサポートに徹したわけですね。

 

そのように意識し、サイレンススズカに託した一戦。そのサイレンススズカが取った競馬はハイペースの大逃げでした。短距離並みのラップを非常に長く使うことで中距離を快速で走り去ってしまう戦法だったのです。

 

武豊騎手はもちろん驚きましたが同時にこんな個性の強い馬に自分が乗れることに感動しました。その勢いは結果にも反映されます。

 

5歳(現在の4歳)の初戦に選んだバレンタインステークスを快勝するとその勢いままに5連勝毎日王冠を快勝し、挑んだ天皇賞(秋)も断然一番人気に支持されますが、3コーナーを過ぎたあたりで故障してしまい、その日に安楽死となったのです。

 

普段温厚な武豊騎手もこのサイレンススズカの故障には動揺が隠せず、安楽死処置がとられたと聞いたときは、普段そこまで飲まないお酒を相当飲まれて泥酔ちかく陥ったそうです。それほど武豊騎手にとってサイレンススズカの死は衝撃だったのです。

 

近代競馬においてもこれほどまでに快速で逃げてしかも勝利する馬はほとんど存在しません。もし、サイレンススズカが生きて、後世に仔を残していたら…そう考えると胸がつまる思いです。

 

参考:永遠の疾風!サイレンススズカの魅力とは?悲劇のレース天皇賞秋

 

4位 スイープトウショウ

牝馬として39年ぶりに宝塚記念を制しました。その他に獲得したG1はエリザベス女王杯、秋華賞です。

 

気性が荒く、調教では厩務員の人が何度誘導しても一向にその場から動かない馬だったそうで担当の人を悩ませていました。

 

また、ゲートインの際もゲートになかなか入ろうとせず、これにより回避したレースもあるほどです。この性格のために奇数→偶数という順番で入らないといけないゲートインもスイープトウショウがレースする時だけはスイープトウショウが奇数偶数問わず1番に入るといった措置も取られるほどでした。

 

しかし、いったん走り出すとそのキレのある脚質は同世代の牝馬どころか古馬にも牡馬にも通用し、多くの重賞タイトルを獲得したのです。

 

参考:奇跡の名牝!スイープトウショウの生い立ちと4歳で見せた真実の姿

 

5位 サッカーボーイ

(画像はイメージです)

 

マイルチャンピオンシップを制したサッカーボーイはデビュー前から気性が非常に荒かったそうです。

 

新馬戦は9馬身差の圧勝2戦目の函館3歳ステークスは4着に敗れてしまいましたが3戦目のもみじステークスで10馬身差の勝ちっぷり、2歳王者決定戦となった阪神3歳ステークスで8馬身差の圧勝と、2歳のころの勝ちっぷりは多くの人を期待させました。

 

しかし、若いころから裂蹄の持病もちだったサッカーボーイは1番人気に支持されたダービーで15着に敗れてしまいます。

 

夏の舞台ではすっかり蹄もよくなり、函館記念では芝2000mを1.57.8秒で勝ち切りました。このレコードタイムは30年以上経った現在も破られていません。

 

続くマイルチャンピオンシップも4馬身差で圧勝。この勝ちっぷりから有馬記念のファン投票で支持を集め、有馬記念に出走することを決めます。

 

有馬記念では気性の荒さはでてしまい、ゲートで大暴れし前歯を折り、流血する騒動を起こしてしまいます。しかし、持ち前のポテンシャルは中山の2500mでも如何なく発揮し4着(繰り上げ3着入選となりました。)

 

その後は怪我が発覚し、古馬にこそなりましたが一度もレースを使われることなく引退しました。

 

6位 タマモクロス

80年代後期から90年代初頭にかけてオグリキャップと共に第二次競馬ブームを巻き起こしました。

 

デビューが4歳(現・3歳)の3月でクラシックに間に合うかどうか非常に微妙なところでした。デビュー3戦目で勝ち切りましたが次走で落馬事故に巻き込まれます。大事には至らなかったもののクラシックは夢のまた夢となり、条件戦を選択します。

 

条件戦で結果を残して当時12月に開催されていた鳴尾記念に初重賞出走にして重賞タイトルを勝ち切りました。

 

翌年は金杯から始動し勝利するとその勢いで阪神大賞典も勝ち切り天皇賞(春)へ駒を進めます。これといった有力馬不在の天皇賞(春)で課題だったのは淀の3200mだけでしたが阪神大賞典で強い競馬を見せつけていたタマモクロスはここも制しました。続く宝塚記念も快勝し、この春無敗で王道街道を制します。

 

ところが思わぬところから刺客がやってきます。その馬の名はオグリキャップ地方笠松競馬場から中央に移籍したオグリキャップは当時地方馬がクラシックに参戦できなかったことで、クラシック以外の舞台で大暴れの最中。まさにタマモクロスがオグリキャップとぶつかる時点でオグリキャップは重賞を6連勝という強さでした。

 

このころ、芦毛の馬は走らないといわれていましたが、オグリキャップという地方の刺客と条件戦で力をつけたタマモクロスの2頭の芦毛はどちらが強いのか注目されました。それが実現したのが天皇賞(秋)です。

 

天皇賞(秋)はこの2頭のために設けられたといっても過言ではないレースで、直線の2頭の競り合いで多くの人が熱狂しました。オグリキャップをかわしてここを制したのはタマモクロスでした。日本競馬史上初の同年内の天皇賞春秋制覇を達成したのです。

 

タマモクロスは気性の荒い馬とは言われていましたが調教やゲートで問題な行動する荒さではなく、競り合ったときにパワーを発揮するタイプの気性難だったのです。ここを勝ち、秋の中距離G1であるジャパンカップは2着。

 

引退となった有馬記念ではサッカーボーイの流血騒動こそありましたが、芦毛同士の決着で多くの人が注目をしました。後方競馬でオグリキャップを捕らえにかかりましたが残り僅かで捕らえきれず2着。この有馬を最後に引退することとなりました。

 

参考:芦毛伝説の元祖!タマモクロスが金杯で見せた強運と実力

 

7位 エアシャカール

皐月賞と菊花賞と制してダービーが7cm差で2着に敗れたことにより準三冠馬といわれたエアシャカール。デビュー前から気性が荒かったそうでエアシャカールのその日の担当をくじ引きで引くほど担当者から敬遠されていたらしいです。

 

クラシックでは結果を残しましたが古馬になってからはそれまで程の勢いはなく、最高着順も2着と勝ちきれないまま5歳で引退してしまいました。

 

8位 レッドデイヴィス

デビューは2010年でオルフェーヴルと同期になります。その気性の荒さから2歳の時点で去勢手術が施され、騙馬となってしまいました。

 

しかしながら騙馬になりながらも高い実力を持っていてシンザン記念では後に三冠馬となるオルフェーヴルや後の桜花賞馬であるマルセリーナ相手にこの舞台を勝ち切ったのです。

 

続く重賞である毎日杯をも制し、勢いに乗りますが、ダービートライアルである京都新聞杯で10着に敗れ去ったことで、クラシック路線ではなく条件戦に出馬することになります。

 

6月開催の鳴尾記念で同期よりいち早く古馬相手のレースに挑み、快勝しましたがそこから調子を崩し2015年の宝塚記念を最後に引退してしまいました。

 

9位 ノンコノユメ

ダート馬であるノンコノユメは3歳のときにジャパンダートダービーを獲得し、その年のチャンピオンズカップで2着に入選するほどの実力馬でしたが装鞍所で暴れるほどの気性の荒さから4歳の時に去勢の手術を行います。

 

去勢してからかつてのような気性の荒さはうそのように静まり返ってしまいましたが、それは同時にレースでの闘争心も削いでしまうこととなり、一時は全く結果にこたえられなくなりました。しかし、5歳の秋に主戦をつとめていたルメール騎手からC.デムーロ騎手(M.デムーロ騎手の弟)、そして内田騎手に乗り替わるにつれ徐々にかつての実力を取り戻します。

 

6歳にして根岸ステークスを制するとG1フェブラリーステークスもその勢いままに勝ち切りました。年齢的なピークからか、その後は結果を残すことなく中央から地方に移籍。地方では上位入選していていまも大井競馬場で活躍しています。

 

10位 (番外)ダイヤモンドジュビリー

色んな意味で一番強い馬でしょう。この馬の生年月日は1897年。産まれはイギリスです。

 

とにかく気性の荒い馬でダイヤモンドジュビリーに騎乗しようとした騎手は揃って振り落とされます。終いには振り落とした騎手を噛み殺しにかかる始末。

 

それはレース中にも現れます。レース中に騎手を振り落とそうとするわパドックで見物人をけ飛ばすわと散々で競走馬というよりもロデオに近い馬でした。

 

2歳の時はこのような暴れん坊ぶりから成績もよくなく、どの騎手もダイヤモンドジュビリーに騎乗したくはありません。3歳、クラシックに出走できる年齢になりましたがどの騎手もダイヤモンドジュビリーに騎乗しようとしないのでなんと担当厩務員が騎乗することになったのです。

 

そしてイギリスのクラシック三冠である2000ギニー、エプソムダービー、セントレジャーステークスを制してしまったのです。ちなみに2000ギニーは日本の皐月賞のモデルで、エプソムダービーはダービー、セントレジャーステークスは菊花賞のモデルとなっています。セントレジャーステークスに至ってはゲート前で20分近く暴れまわったうえでの勝利という逸話まであります。

 

気性面さえクリアすれば厩務員を背にしても勝てるだけの実力馬だったのです。

 

引退後は南米アルゼンチンにて種牡馬として生活をし、多くの重賞馬を輩出したそうですが、同時に種牡馬になってからも気性の荒さは治まらなかったそうです。

 

まとめ

以上が気性難の強い馬です。

 

上位にランクインしたオルフェーヴルやサイレンススズカを見ていると気性の荒さはその馬のありのままの姿のような感じがします。例えばサイレンススズカは超スピードで走り去る脚力を、ゴールドシップはスタミナとパワーを活かした力強い競馬を発揮します。

 

調教やゲートでは苦労もしますが気性の荒い馬であればあるほど100%の力を発揮できるのかもしれませんね。

 

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