(2006年12月24日、中山競馬場にて、有馬記念)
出典:wikipedia By Ub-K0G76A - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=17178824
2005年に史上6頭目となるクラシック三冠を制し、負けを見せつけない強い走りで競馬ファンはもちろんのこと、競馬に詳しくない多くの人にも名が知れ渡りました。
4歳の有馬記念を最後に引退すると、種牡馬としても大活躍し、2012年から2018年まで7年連続でリーディングサイヤーでありました。
2019年の7月に頸椎の骨折が判明し、安楽死処分が下されると普段競馬を扱わないメディアでも大きく取り上げられるほどになりました。
この記事では現役でも種牡馬でも大活躍をし、日本競馬界に多大な影響をもたらしたディープインパクトについて取り上げます。
ディープインパクトの血統背景、生い立ち
ディープインパクトを語る馬でまず最初にディープインパクトのデビューまでの情報をまとめてみました。
生い立ち以外にも血統背景や厩舎情報もまとめているので、ご覧ください。
血統
父はサンデーサイレンス。
母はウインドインハーヘアです。
父サンデーサイレンスはアメリカ合衆国生まれの馬で、いうまでもなく、90年代から今日に至るまで、日本の競馬界に多大な影響をもたらした名馬です。
サンデーサイレンスは92年に初年度産駒を輩出してから、2003年まで種牡馬生活を送りました。
ディープインパクトは2002年の産駒なのでサンデーサイレンス産駒の中でも晩年に生まれた産駒といえます。
母親はアイルランド生まれのウインドインハーヘアです。
ディープインパクトを輩出したことで一躍有名になった名牝ですね。
ディープインパクトが最後の一冠を手にした菊花賞で実況を務めた馬場鉄志氏が
「世界のホースマンよ見てくれ!これが、日本競馬の結晶だ!」
と実況しました。
しかしながら、血統背景だけを見るとディープインパクトは完全に欧米の結晶で包まれています。
閑話休題。
ウインドインハーヘアの仔で有名な馬はディープインパクト以外にブラックタイドがいます。
ブラックタイドは重賞タイトルこそ3歳のスプリングSのみですが、ブラックタイドの仔のキタサンブラックがG1タイトルを7つ制覇したことで有名になりました。
そのブラックタイドはディープインパクトから見たら全兄になり、キタサンブラックはディープインパクトの甥となります。
生産牧場と同期
ディープインパクトが生まれたのは北海道安平町のノーザンファームです。
いうまでもなく有名な牧場ですね。
同期は
オークス馬シーザリオ
ダート最優秀賞を獲得したカネヒキリ
桜花賞馬ラインクラフト
京都新聞杯と京都大賞典を制したインティライミ
中央と地方のダートG1を9勝したヴァーミリアン
がいます。
特にカネヒキリの父親であるフジキセキはサンデーサイレンスの初年度産駒で、サンデーサイレンスの孫とサンデーサイレンスの仔が同期で走っていたことになります。
馬主と名前の由来
馬主は有名な金子真人氏です。
ディープインパクトのセレクトセールは意外にも他に落札希望者はいませんでした。
ディープインパクトの馬体が薄かったことが原因と言われていて希望者がいなかったそうです。
その中で金子真人氏はディープインパクトの瞳に吸い込まれるような感覚に見舞われ、落札したそうです。
落札金額は7000万で、この時上場されたサンデーサイレンス産駒の中では14頭中、9頭目に低い落札価格でした。
金子真人氏は自身がディープの瞳に吸い込まれそうになった衝撃を、競馬を通して多くの人に衝撃を与えてほしいという思いからディープインパクトという名前をつけました。
デビューまでの日々
馬は集団活動する生き物です。
0歳のころのディープインパクトは、集団のリーダーの存在ではなかったものの、一度走り出したら蹄から出血しても走るのをやめなかったくらい活発だったようです。
1歳のディープインパクトを管理した女性厩務員はディープインパクトの柔軟性を高く評価していました。
ただ、その柔軟さが返って非力で、小柄なディープインパクトの欠点だと指摘する声もあったそうです。
栗東の池江調教師はディープインパクトのタイムを初めて測定したとき、通常58-59秒で走る距離を54秒台で駆け抜け、なおかつ全く汗一つ掻かずに涼しい表情をしていたディープインパクトに対して只者ではないと感じたそうです。
デビューから引退まで手綱を握った武豊騎手はディープインパクトのデビュー前の追いきりに騎乗したときに、
「この馬、やばいかも」
と池江調教師に話したそうです。
ディープインパクトの伝説のレース
(2005年10月23日、京都競馬場にて、菊花賞)出典:wikipedia By Goki - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=384519
ディープインパクトの伝説のレースを取り上げるにあたって、非常に迷いました。
いずれのレースも強さが際立っていて、ディープインパクトが走った一戦一戦がすでに伝説的な強さだったからです。
クラシックの3戦はもちろんのこと、古馬になってからのレースも一級品で悩みましたが、個人的に特に印象に残ったレースを3戦ピックアップしてまとめました。
若駒ステークス
デビュー戦で2着馬コンゴウリキシオーに4馬身差の強さで完勝しました。
2着のコンゴウリキシオーはきさらぎ賞・マイラーズカップ・金鯱賞・名古屋のかきつばた賞と、4つの重賞を勝った馬で決して弱い馬ではありません。
デビュー戦を勝ったディープインパクトは次走、若駒ステークスに進みます。
この若駒ステークスでディープインパクトの脚質が開花したといってもいいでしょう。
レースは京都の芝2000m、7頭立ての小頭数で開催されました。
ディープインパクトは1コーナーに差し掛かるあたりでは後ろから2番手の位置でレースします。
逃げるのはテイエムヒットベでその後ろにケイアイヘネシーが続きます。
向こう正面では先頭からしんがりまで20馬身くらい差がつき非常に縦長の形となりました。
4コーナーに差し掛かるにあたって少しずつ前と差がつまりますが、それでもディープインパクトは後方で、先頭で逃げたテイエムヒットベとは7馬身近くの差がありました。
ところが、ここからディープインパクトの強烈な末脚が炸裂します。
残り400mあたりで逃げるテイエムヒットベをケイアイヘネシーがかわして先頭に立ちます。
そして、ディープインパクトは後方から一気に差を詰めてきました。
外からぐいぐいと加速し、あっさりケイアイヘネシーをかわすとそのまま後続を突き放してゴールインしました。
上がり3Fが33.1秒。
最後のほうは武豊騎手が抑えるような形でゴールしました。
このレースを機に、後方一気の競馬がディープインパクトの競馬となります。
皐月賞最有力候補となったディープインパクトは、皐月賞トライアルである弥生賞を勝ちきると、皐月賞も2着馬シックスセンスに2馬身以上差をつけて完勝します。
その勢いでダービーを制し、神戸新聞杯を勝ち、菊花賞を制して史上6頭目となるクラシック三冠馬を手にしたのでした。
凱旋門賞
古馬になってからも衰え知らずのディープインパクト。
3歳の有馬記念こそハーツクライに敗れてしまいましたが4歳になってからは阪神大賞典・天皇賞春・宝塚記念と敵を寄せ付けない勢いで連勝します。
4歳の宝塚記念を終えた時点で11戦10勝。
そのうちG1タイトルを5つ制しました。
完璧と言ってもいい強さに競馬ファンのみならず、競馬に携わるすべての人の思いは一致しました。
日本馬が未だ一頭も制覇していない、世界最高峰のレース。
凱旋門賞です。
ディープインパクトはこの輝かしい成績を胸に、ファン、競馬関係者の夢を背負い、フランスへと旅立ちました。
フランスの凱旋門賞のステップレースとして日本馬がよく使うレースがあります。
例えば2016年のマカヒキが出走した3歳限定のニエル賞。
今年で例えるならキセキが出走した古馬のレース、フォア賞。
また、今年のブラストワンピースや、2014年にハープスターが勝った札幌記念もあります。
ところがディープインパクトは宝塚記念を制したあと、ぶっつけで凱旋門賞に挑むこととなりました。
最も、ディープインパクトより先に凱旋門賞を経験した馬は6頭で、そのうち2頭しかステップレースをが使用していなかったのでステップレースの概念が薄かったのも影響しているでしょう。
ディープインパクトの凱旋門賞は、普段とは違う先行競馬で挑みました。
直線で一度は先頭に立ちますが、すぐに後続馬にかわされて3着に敗れてしまいました。
この敗因を鞍上の武豊騎手は
「いつもよりキレがなかった」
といい、
人によっては
「欧州特有の重たい馬場が影響した」
と語っています。
それから凱旋門賞に出走する馬はステップレースを挟んで迎えることが多くなりました。
しかしながら、完璧といっても過言ではないディープインパクトが3着に敗れ、その後、オルフェーヴルがあとわずかというところで敗れ、今後、いつになったら日本馬の悲願が達成されるのか分かりません。
また、悪い影響はもうひとつあり、ディープインパクトはフランスからの帰国後、検疫で禁止薬物反応がでて、凱旋門賞は失格という形になってしまいます。
あれだけの期待を背負って挑んだフランスで、思いもよらなかった結果に日本の競馬ファンはショックを隠せませんでした。
ディープインパクト陣営も、当初予定していた天皇賞秋を回避し、ゆっくり調整を重ねる方針にしました。
有馬記念
凱旋門賞で思いもしなかった結果に競馬ファンは落胆してしまいましたが、ディープインパクトの走りは全く衰えていませんでした。
陣営が休養を挟んで挑んだジャパンカップではいつもの後方からの追い込み競馬で挑み、ドリームパスポート相手に2馬身差で勝利し競馬ファンを再び奮い立たせました。
汚名返上と言わんばかりにディープインパクトが勝ちきったことで競馬ファンは再びディープインパクトを応援するようになり、引退レースとなる有馬記念に期待を寄せました。
2006年12月24日
クリスマスイブの日に有馬記念は開催されました。
わずか4歳ですでにG1タイトルを6つ制していたディープインパクトは単勝オッズ1.2倍の圧倒的な支持を集めました。
最後の有馬記念がスタートします。
レースは前走ジャパンカップ、もとい、従来のディープインパクトの競馬である後方待機策。
ホームストレッチでは後方3番手くらいの位置でじっくりと脚を溜めます。
序盤から中段にかけて、脚を溜めながら競馬をしていたディープインパクトが動き出したのは残り600mの標識に差し掛かる頃でした。
ダイワメジャーやポップロックらも動き出しつつあった背後でディープインパクトも一気に動き出します。
4コーナーから直線にかけて馬郡をまくり、直線では5番手くらいの位置まで上がってきました。
その勢いで一気に加速し、残り200mでメイショウサムソンをかわして先頭に立つと、後続を置き去りに3馬身差をつけて勝利。
有終の美を飾りました。
有馬記念を完勝したディープインパクトは、その日のうちに引退式が行われ、5万人のファンが見守る中で最後の雄姿を見せつけました。
ディープインパクト産駒
レースでも大活躍したディープインパクトは種牡馬になってからも大車輪の活躍をしました。特に、父サンデーサイレンスが亡くなった後ということもあり、ポストサンデーサイレンスとして有力視されたのは間違いありません。
その期待にこたえるかのように、非常に多くの産駒を輩出しました。
初年度産駒
初年度産駒で初めて重賞を制したのはダノンバラードで、ラジオNIIKEI賞2歳ステークスを制しました。その2年後に中山で開催されるG2レースAJCCも勝ちきっています。
初年度産駒で初めてG1タイトルを手にしたのは牝馬のマルセリーナで、桜花賞を制しました。マルセリーナのG1タイトルは桜花賞のみで、それ以外の重賞タイトルもマーメイドステークスのみとなり、現在は繁殖馬として活躍しています。
繁殖馬としては初仔となるラストドラフトが2019年の京成杯を勝ちました。
リアルインパクトは3歳の時に安田記念を制しました。それ以外にも阪神カップを連覇し、オーストラリアのG1ジョージライダーステークスも勝ちきりました。
現在はポストディープインパクトとして、種牡馬としての生活を歩んでいます。
産駒の種付け推移
2007年から2012年の間の種付け金額は900万から1200万円となっていて、また、不受胎時は全額返還されていました。
その後は
2013年 | 1500万円 |
---|---|
2014年 | 2000万円 |
2015年 | 2500万円 |
2016年 | 3000万円 |
2017年 | 3000万円 |
2018年 | 4000万円 |
2019年 | 4000万円 |
とうなぎ登りに金額が上昇しました。
2019年に関しては首の痛みからか早々に種牡馬を休養しているので2019年のディープインパクト産駒は20頭前後になるといわれています。
産駒の特徴
ディープインパクトが種牡馬になったころは、桜花賞を制したマルセリーナやマイルで結果を残したリアルインパクトの存在から、マイル向きの馬が多いといわれていました。
ところが、2年目産駒となるジェンティルドンナがオークスを勝ち、ディープブリランテがダービーを制すると、前述の評価は覆され中距離でも結果を残せることが証明されました。
その後も中距離路線でディープインパクト産駒は大活躍しました。
特に、日本ダービーは
ディープブリランテ
キズナ
マカヒキ
ワグネリアン
ロジャーバローズ
と5頭の産駒が勝ちきっています。
産駒は全体的に完成度の高い馬が大きく、特に2歳から3歳にかけて結果を残す馬が多いです。
逆に4歳以降になると少しずつ成績を落としつつあるのも特徴で6歳以降のディープインパクト産駒は重賞でなかなか結果を残せていない点も特徴といえるでしょう。
2019年7月30日 ディープインパクト死亡
繁殖馬として風靡していたディープインパクトでしたが2019年に首の痛みを患い、種牡馬を中断し、静養に務めました。
そのディープインパクトの死去が全国に広まったのは7月30日。
ちょうど夏競馬が札幌・小倉・新潟に変わった直後でした。
多くの競馬ファンは動揺を隠せず、競馬に全く詳しくない人ですらディープインパクトの話題を口にするほどの衝撃でした。
元々頸椎が弱く、手術を行ったらしいのですが、手術から数日たって、手術箇所とは別の部分が骨折してしまったそうです。
回復の見込みがないことから、安楽死処分が下されました。
訃報を受け、翌週の札幌・小倉・新潟のメインレースはディープインパクト追憶競走の副冠名をつけて開催されました。
また、全国の競馬場でディープインパクトの死去から10日後に亡くなったキングカメハメハと2頭の記帳台と献花台が設けられました。
ディープインパクトの後継者
ディープインパクトの突然の訃報の影響で、競馬界は忙しくなりました。その最大の理由は一重にディープインパクトの後継者問題でしょう。
種牡馬時代のライバルであったキングカメハメハは、ルーラーシップ産駒のキセキやロードカナロア産駒のアーモンドアイがG1を勝ったことでサイヤーランキングでも上位に位置し、活躍しています。
ディープインパクトの跡継ぎとなる馬で有名な馬は実をいうとまだ、いません。
今年種牡馬となったキズナは初年度産駒のビアンフェが函館2歳ステークスを勝ったことで期待が上がっています。
2012年のダービー馬であるディープブリランテの仔で有名な馬はセダブリランテス。
ラジオNIKKEI賞と中山金杯を勝ちきりましたが、その後骨折が判明し、復帰戦となった新潟記念も敗れて現在長期休養中です。
それ以外の馬も現時点ではパッとせず、2018年のサイヤーランキングは26位でした。
G1勝ち馬こそないものの種牡馬で第二の人生を送っているトーセンホマレボシはミッキースワローの父として有名ですね。
ただ、ミッキースワロー以外の仔で目立った馬がいないのも事実で2018年のサイヤーランキングは51位でした。
ディープインパクトの初年度産駒であるリアルインパクトも今年から産駒がデビューしていて、重賞路線でも活躍に期待がかかります。
産駒はデビューしていないものの、今後期待できそうな種牡馬は
G1ふたつを含む、重賞6勝をあげたミッキーアイル。
ディープインパクト産駒でただ一頭天皇賞秋を勝ったスピルバーグ。
安田記念の勝ち馬サトノアラジン。
重賞未勝利ながら5戦4勝と高い能力値を秘めたシルバーステート。
が挙げられます。
また、現時点では種牡馬になっていませんが、今後種牡馬になるとしたら
サトノの冠名の馬で初めてG1タイトルを制したサトノダイヤモンド。
令和最初のダービー馬ロジャーバローズ。
にも期待できそうです。
ディープインパクトの与えた影響
衝撃のデビューから、クラシック三冠を強い競馬で奪取し、競馬ファンのみならず、競馬に詳しくない人にも名前を広めたディープインパクト。
極めて高い勝率と、強すぎる末脚競馬で多くの人を魅了しました。
繁殖馬としても年間200頭近く種付けし、今後もディープインパクト産駒の活躍に期待できるでしょう。
現在浮き彫りになっている後継者問題は深刻ですが、ディープインパクトの父であるサンデーサイレンスも後継者問題に悩まされていました。
そのポストサンデーサイレンス問題もディープインパクトが継ぎ、ハーツクライやステイゴールドの仔も活躍することで解決しました。
そのサンデーサイレンスの後継者問題はサンデーサイレンスが亡くなってから解決したものでした。
ディープインパクトの血を継いだ馬が種牡馬として活躍することに期待するばかりです。
この記事もおすすめです
>> ディープインパクト後継種牡馬の可能性を秘めるのはこの馬!サンデー系、非サンデー系各5頭ずつ紹介