長く競馬に取り組んでいると度々報じられるのが斜行問題でしょう。
パトロールビデオでレースを振り返ると分かりますが、競走馬はまっすぐ走っていません。最後の直線で各馬は微妙に右や左によれながら走っているのです。
しかし、それだけなら斜行に当てはまりません。では、斜行とはどのようなことを指すのでしょうか。
ここでは最初に斜行とはどういうものなのかを説明します。次に斜行がどのような影響を及ぼすのか、そして斜行の原因と斜行したらどうなるのかを判定基準も兼ねて紹介します。
斜行とは
漢字を見てもらえたらわかるように斜行とは、競走馬が斜めによれてしまうことです。競馬においては斜めによれてしまうことで他の馬に影響を与えることを指します。
馬群という言葉があるように競走馬は比較的団子状態になってレースをすることがよくあるため、少しの斜行で他の馬に影響を与えてしまう可能性があるのです。
競馬ファンの中には斜行のことを
もたれる
と表現される方もいます。意味は斜行と全く同じです。
斜行による影響① レースの着順に影響
競馬で最も盛り上がるのは最後の直線ですよね。
前を走っていた馬が最後まで粘り切れるか、それとも後続で脚を溜めていた馬が直線で差し切れるか、一進一退の攻防が多くの人を沸かせます。
しかし、最も斜行が多発しやすいのがこういう場面なのです。例えばレース後方で脚を溜めていた馬が前で粘っていた馬に接近したときに前の馬が差し馬に斜行した場合はどうなるでしょう。
恐らく差し馬の騎手は慌ててブレーキをかけるようにスピードを落とし、人馬の安全に務めるはずです。
それにより差し馬はスピードを殺さざるを得ません。もしかしたら差し切れたかもしれないという局面で斜行の影響を喰らうと着順に影響を及ぼす可能性もあるのです。
斜行による影響② 怪我の可能性
斜行によるもう一つの影響は他の馬や騎手に怪我をさせる可能性があることです。
競走馬は500キロ近い馬体重で時速60キロ近くでレースをしています。自動車並みの速度で走っている上に騎手はほとんど生身に近い格好でレースに挑んでいるのです。
そのような環境下で斜行された際、人馬ともに転倒、落馬により大怪我をしてしまう可能性もあります。
過去にはレース中の落馬で亡くなったサラブレッドや騎手がいるほどで、それほど斜行とは危険なのです。
斜行の原因① 馬の走りの癖
どうして斜行が行われるかをお伝えします。
斜行の原因は二つあります。その一つは馬の癖です。
クリノガウディーという馬を例にあげて紹介します。
この馬は2歳の時に挑んだ朝日杯FSにおいて9番人気の低評価ながらも2着に好走しました。
2020年4月時点でも現役で活躍している馬で、多くの競馬ファンが名前を知っていることでしょう。
この馬は元々走っているときにもたれやすい馬だそうで、その癖がモロにでてしまったのが2020年の高松宮記念でした。
和田竜二騎手との新コンビで挑んだ高松宮記念では前から3番目くらいの位置で競馬をしました。
直線でも一気に抜け出そうと和田騎手がゴーサインを出します。クリノガウディーもそれに応えて素晴らしい末脚でゴール板まで駆け巡ろうとしたのですが、ここでもたれる癖が出てしまいます。
先行していたモズスーパーフレアと近くで走っていたダイアトニックの進路を妨害してしまい、1着で入選したものの審議ランプが点灯してしまいました。
審議ランプとはレース中に何らかの問題が生じた際に点くランプで、この斜行が原因でクリノガウディーは4着に降着することとなったのです。
和田騎手はクリノガウディーがもたれかかったのを懸命に持ち直そうとしましたがクリノガウディーの癖のほうが勝ってしまい、抑えることができませんでした。
これによって和田騎手は騎乗停止処分を喰らってしまいましたが、人為的でないものと認められ、騎乗停止は4日に留まりました。
>> 2020年・高松宮記念の直線パトロール動画はこちら(Youtubeへ飛びます)<<
斜行の原因② 騎手によるもの
斜行の原因はもう一つあります。
騎手が手にしている鞭は馬に合図を送る役割を持っています。例えば、馬にどこを走ればよいのかを伝えることができます。
どのように指示を送るかというと、馬は右腹に鞭を入れると馬は左に走ります。逆に左腹に鞭を入れると馬は右に走ります。
レース映像でもよく見ると騎手は右手に左手に鞭を持ち替えてながら馬に指示を送っています。こうして騎手は走りたい馬場を選択し、馬は走るべき馬場を走るのです。
言い換えると他の馬が近くにいるのにそちらに行くように指示を送ると馬は他の馬に接近することになるのです。
もちろん、競馬はフェアプレーが当たり前の世界ですし騎手同士でも親交のある方が多いので他の馬にぶつかりに行くよう指示を出す騎手はまずいません。
しかし、最後の直線において勝利のことで頭が一杯だった場合はどうでしょうか...。
2016年のマイルチャンピオンシップはまさに人為的なもので危うく大惨事になりかねないレースでした。
この年のマイルチャンピオンシップを制したのはミッキーアイルと浜中俊騎手でした。
ミッキーアイルは序盤からハナを切ってレースメイクを作り上げます。京都の4コーナーを過ぎたあたりでもペースが乱れることなく直線に入り、粘りの競馬に入ります。
残り200mくらいまでは自身の強みを最大限に発揮し、100%以上の強い競馬をしました。
しかし、後続馬、特に脚を溜めていた馬も勝利を手にしようと前を走るミッキーアイルに襲い掛かります。
ミッキーアイルの鞍上の浜中騎手も必死にミッキーアイルに逃げ粘るよう鞭を入れるのですが、ここで浜中騎手が入れたのは右鞭でした。
直線ではミッキーアイルは内ラチ付近で競馬をしていました。対して、ミッキーアイルに襲い掛かった各馬はミッキーアイルより外、ミッキーアイルから見て左側で競馬をしようとしていたのです。
浜中騎手が右鞭を連打したためミッキーアイルは外に斜行、これによりミッキーアイルの左で競馬をしていたネオリアリズムが接触し、外に弾かれます。
弾かれた先に居たのがサトノアラジンでした。ネオリアリズムはサトノアラジンに接触し、サトノアラジンはよれてしまいます。そしてよれた先に居たのがディサイファでした。
ディサイファはサトノアラジンと外で競馬をしていたダノンシャークに挟まれる格好となり、ディサイファの鞍上の武豊騎手が慌ててブレーキをかけました。
最初に接触したネオリアリズムはもとよりサトノアラジン、ディサイファ、ダノンシャークは3頭とも追い込み勝負をしていました。
3頭とも直線でいい脚を使っていただけにミッキーアイルの斜行は大きな悪影響を及ぼしたのです。
レース後に武豊騎手は
「転倒しなくてよかった。ただ、直線ではいい感じだっただけに後味が悪い」
とコメントされています。
(参考 ギャンブルジャーナル「武豊騎手も怒り心頭!? マイルCSでミッキーアイルが「許されてしまった」ことが意味するリスク https://biz-journal.jp/gj/2016/11/post_1865.html)
もし浜中騎手が逃げ粘るミッキーアイルを右ではなく左鞭で合図を送っていたらミッキーアイルはネオリアリズムによることはなかったでしょう。
もちろん浜中騎手も意図的に右鞭を入れたわけではないことは明白ですが、勝利を目前にすると人間の思考はフェアプレーの心よりも勝ちたい気持ちのほうが強くなります。
勝利をつかみ取る。そのことで頭が一杯になって右鞭を連打してしまったのでしょう。
この斜行問題は審議の対象となりましたが、斜行が着順にまで影響をもたらすものではないと判断されたためにミッキーアイルはマイルチャンピオンシップを優勝しました。
しかし、浜中騎手は騎乗停止処分の中でも最も重い8日間の騎乗停止処分を受けることになりました。
>> 2016年・マイルCSの直線パトロール動画はこちら(Youtubeへ飛びます)<<
斜行したらどうなるのか?
斜行した場合は斜行した加害馬に騎乗した騎手に罰則が下されます。
罰則にもいくつか種類があり、斜行がレースに影響を与えた度合いによって変わってきます。
具体的には
戒告
罰金(過怠金)
騎乗停止
が挙げられ、戒告ほど制裁が緩く、騎乗停止が一番重い制裁となります。
騎乗停止の期間も短いもので1日、長いもので8日や無期限騎乗停止などがあります。
先ほど紹介したマイルチャンピオンシップの浜中騎手は騎乗停止期間が8日だったので相当重い制裁を喰らったこととなります。
斜行による降着、失格の判定
斜行によって降着、もしくは失格になるケースを紹介します。
降着における判断材料は
その走行妨害馬がいなければ被害馬が加害馬に先着できたかどうか
が判断ポイントにされます。
高松宮記念2020の場合は加害馬クリノガウディーがいなければ被害馬のモズスーパーフレアが上位入選できたと判断され、クリノガウディーは加害馬の後ろの着順に降着されました。
失格のケースは2つの要件が満たされた場合に制裁が下されます。
①極めて悪質で他の騎手や馬への危険な行為
②競争に重大な支障を生じさせた場合
この2件が満たされた場合に加害馬に失格処分が下されます。
言い換えればどちらか片方のみの場合は失格の裁定が下されないというようなもので、競馬ファンの中でも賛否両論が分かれているのです。
斜行の判断はどのように決められる?
レースの斜行に関してはJRAの裁決委員会という組織内で判断されます。
裁決委員会とは競馬で何らかの問題が生じた際にジャッジを下す組織のことで、サッカーや野球でいう審判のような立ち位置に当たります。
問題が生じた際はレース映像の分析を行った上で人間による話し合いによって決められるのです。
人間が判断を下すため馬券購入者や競馬関係者によっては納得がいかないことも多々ありますが、裁決委員会が一度決めたことは覆ることがありません。
斜行はやったもん勝ちといわれる所以
このように、競馬は少しの斜行がときに大事故につながる恐れがあります。また、レースに大きな影響を及ぼすこともあります。
近年は勝利のためにビッグレースでも度々斜行が報じられますが、2020年の高松宮記念のように実際に降着制度が適用されることは実はほとんどありません。
どちらかというと2016年のマイルチャンピオンシップのように入選通りで決まるケースのほうが多いのです。
そのため、斜行が行われたものの入選通りで決着が決まるたびに競馬ファンからは
やったもん勝ち
といわれています。
どうしてもお金が絡むスポーツなので結果がどう転んでも賛否が湧くのは致し方がないことですが、そのきっかけは騎手の力量で押さえることができます。
騎手の皆さんには常日頃からクリーンな競馬を心がけるよう務めていただきたいと思います。
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