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地方競馬から中央競馬(JRA)を制した騎手6人!中央競馬界で活躍している騎手は地方出身者が多い?

中央競馬界(JRA)では毎年多くの騎手がデビューし、活躍しています。JRAに所属している騎手はおよそ150人程います。

 

その騎手の経歴は様々。

 

多くの騎手は両親が競馬に携わっていてその影響で騎手を目指した人が多いです。例えば現役で活躍している福永祐一騎手や川田将雅騎手は父が騎手ですね。武豊騎手に関しては先祖が薩摩(鹿児島県)の武家で明治維新の折、日本における西洋競馬の開拓に尽くされたそうです。ちなみに女性騎手である藤田菜七子騎手は競馬とは関係のない家系出身です。

 

それ以外に、地方競馬で騎手デビューし、そこから中央に移籍して活躍されている騎手もいます。今回は、地方から中央に移籍して活躍されている騎手をまとめました。

 

安藤勝己 元騎手

元笠松競馬場所属の騎手で中央に移籍した安藤勝己さん。2013年に騎手を引退して現在はテレビや雑誌で競馬評論家として活躍されていますね。

 

笠松時代の安藤勝己さんはデビュー3年目にして笠松のリーディングジョッキーとなりそれから18年連続でリーディングジョッキーの座を保っていたようです。笠松競馬場の騎手の中では安藤さんはダントツで競馬がうまく、どんな条件下でもコツをつかんで競馬すればあっさり勝ってしまったようです。

 

そのような状況に飽き飽きしていた安藤さんは騎手を引退し調教師を目指そうと考えていたそうです。

 

安藤さんが悩んでいた1995年ごろ、JRAでは地方競馬との乖離をなくそうと様々な取り組みが行われました。その一つが地方主催で中央の馬が地方でレースをする「ダートグレード競走」。また、地方馬でも中央にて競馬ができるルールが設れらました。中央と地方の交流を目的としたシステムは順調に整備されます。

 

このころ、安藤さんはライデンリーダーという馬に騎乗していました。ライデンリーダーは笠松競馬でデビューから無敗の10勝馬。その勢いで中央の報知杯4歳特別(現フィリーズレビュー・G2)を制します。

 

桜花賞への出走権を得たライデンリーダーは安藤さんとともに牝馬のクラシック第一戦目となる桜花賞に挑みます。桜花賞ではさすがにG1の壁が厚く4着に敗れ、続くオークスも13着に敗れてしまいました。

 

しかしながら安藤さんの胸中には地方笠松で味わえなかった騎手へのやりがいと勝ちきれない悔しさがひしひしと沸いてきたようでライデンリーダーを通して騎手への情熱が芽生えたといいます。

 

その後も競馬に取り組みましたが中央でのレースの最中、落馬負傷し、骨折してしまいます。長期休養を余儀なくされた安藤さんは前々から周囲に言われてきた中央移籍を考え始めます。

 

JRAの騎手試験には技能試験以外にも学科試験があります。入院期間中に猛勉強をした安藤さん。地方笠松での成績もさることながら中央でも結果を出していて関係者の信頼も厚かった安藤さんは自身でも確実に受かるだろうと思っていました。

 

ところが結果は不合格でした。

 

この結果に多くの多くの関係者はもとより、マスメディア、競馬ファンが抗議します。

 

その主な内容は

「地方で充分な結果を残した騎手が10代の若手騎手と同じ学科試験を受けるのはおかしい」

というものでした。

 

その声を聞いたJRAは短期免許のルール改正に踏み切ります。

 

その内容は「受験年の前年以前の5年間において、中央で年間20勝以上の成績を2回以上収めている騎手に対しては基礎的事項は問わない」というもので、実力のある騎手は学科免除されるのでした。安藤さんの力で改正されたルールで「アンカツルール」とも呼ばれています。

 

この改正の際、安藤さんは思ったようです。

 

【おれは、マスコミやファンの人たちの力を、このとき痛感した。そして、ふとオグリキャップのことを思い出した。そもそも「オグリキャップのような強い馬が地方に現れたときに、中央のクラシックに参戦できないのはおかしい」というマスコミやファンの声に端を発して、中央と地方の交流がはじまった。そこからさまざまの制度改革が進み、いまや騎手試験制度の見直しにまで至った。そうした流れの中で生まれた力がいま、おれの背中を押してくれている。そのことに気づいて、心の底から感謝の念が湧いてきたのである。】

 

オグリキャップも実は笠松競馬出身の馬なんです。オグリキャップは安藤さんよりも先に中央に移籍し大活躍しました。

 

安藤さんより先に中央に移籍したオグリキャップが多くのマスコミやファンの声でJRAの幹部たちを動かしたのを安藤さんはその目で見ていました。歳月が立ち、自分がオグリキャップと同じような立ち位置でファンやマスメディアが声高に意見を主張しJRAの幹部を動かしつつある情景に驚きと感動を覚えたのです。

 

無事にJRAの騎手免許を取得した安藤さん。安藤さんの活躍は2000年代に競馬を触った人であれば多くの人がリアルタイムで見ていたでしょう。特に安藤さんが騎乗した馬は現在でも名を広めた馬が多数いますね。

 

・移籍1か月足らずで高松宮記念でビリーヴとともにG1タイトルを獲得

芝とダートの両方のG1タイトルを制したアドマイヤドン

・種牡馬として大活躍した大王ことキングカメハメハ

・マイル~2000mで結果を残したダイワメジャー

・スペシャルウィーク産駒の最高傑作ブエナビスタ

・2008年の天皇賞(秋)で同期のウオッカと大激闘を繰り広げたダイワスカーレット

 

挙げればキリがありませんね。

 

安藤さんは2012年に騎乗することをやめ2013年に騎手免許を更新せず、そのまま引退されました。

 

現在はテレビや雑誌で競馬評論家の仕事をされています。安藤さんはtwitterをされていて頻繁に更新されています。特に重賞のあとに更新される重賞後日談は元騎手目線で書かれていて非常に分かりやすいですよ。

 

>> 安藤勝己さんのtwitter

 

柴山雄一騎手

中央競馬現役騎手の柴山雄一騎手も地方出身の騎手です。出身は大阪の寝屋川市です。競馬とは全く関係のない家柄で、たまたまテレビで放送されていた競馬のドキュメンタリーを見て騎手を志したそうです。

 

デビュー前はあまり騎手に対して本気ではなかったらしく、騎手学校は3年連続で不合格だったそうです。

 

その当時アルバイトしていた滋賀県内の牧場主から地方競馬教養センターを経て騎手になる方法を知ります。当時通っていた高校を中退して地方競馬教養センターの門を叩くことになりました。

 

無事に修了した柴山さんは1998年に笠松競馬場にてデビューしますが減量が苦手だったらしくレース直前の騎手変更を6回経験したそうです。このころ、本気でクビになりそうだったと自覚していたそうですが、お世話になった調教師が周囲に賢明な説得をし、クビを免れました。これを機に騎手という仕事に本腰を入れるようになります。

 

笠松で上位リーディングを獲得し、安定した成績を残していました。このころ、地方笠松競馬の先輩にあたる安藤勝己さんの勧めで中央の騎手試験を勧められ、受験することにしました。

 

この当時の柴山さんは「アンカツルール」は適応外でしたが猛勉強の末、一発で騎手試験を突破しました。

 

2005年に中央騎手デビューを果たした柴山騎手は重賞でも結果を残しました。

 

特に2009年の札幌記念はこの年の桜花賞・オークスを制したブエナビスタが札幌記念を選択しました。そのブエナビスタに騎乗したのが笠松の先輩にあたる安藤勝己さん。そのブエナビスタ&安藤さんを迎え撃ったのが柴山雄一騎手騎乗のヤマニンキングリーでした。大外から末脚を伸ばすブエナビスタより一足先に勝負にでたヤマニンキングリーがブエナビスタを抑えて見事優勝し、シルバーコレクターの座を返上したのです。柴山騎手にとってもうれしい勝利となりました。

 

その後は中堅騎手として中央で活躍していますが2017年の函館記念を制したルミナスウォリアーを最後に重賞タイトルは獲得できていません。

 

今後の活躍に期待したいですね。

 

小牧太騎手

今年52歳になった小牧騎手は柴田善臣騎手についで年長者です。出身は鹿児島の志布志市で競馬とは無縁の家系だったそうですが、近所の牧場が小牧さんに乗り役を進めてきたことで騎手を志すようになったそうです。

 

1985年に兵庫の園田競馬場でデビューします。数々の重賞を制して1992年に園田のリーディングジョッキーとなります。その後も活躍し1996年には地方競馬の全国リーディングを獲得しました。

 

中央競馬では地方競馬所属時代から競馬をしていましたが本格的にJRA騎手を目指すのは2003年。2001年、2002年に中央競馬において年間20勝を達成した小牧さんは「アンカツルール」を用いて学科試験を免除し実技試験に挑みます。2003年に試験を合格した小牧騎手は2004年にJRAに移籍しました。

 

2004年に移籍してからは大活躍とは言わないまでも、重賞競走にも騎乗し、2004年から2007年の間に9つの重賞を制しています。

 

初のG1タイトルは2008年の桜花賞です。2008年のダービーにてスマイルジャックで2着に入線するなど、目立った活躍をされていました。近年は年齢のためか、かつてほど成果を上げていませんが、得意の阪神・京都競馬場で穴馬を上位にもってきています。

 

ちなみに小牧太さんの長男である加矢太さんは騎手を志していたようですがJRAの試験に落ち、馬術に転向。現在は東京オリンピックを目指されています。

 

岩田康成騎手

JRAで活躍している岩田康誠騎手も元地方騎手です。

 

園田競馬場で騎手デビューを果たしました。小牧太騎手とは同郷で、小牧騎手のほうが7歳年上です。園田時代は小牧騎手とともに「園田の2本柱」と呼ばれるほどの活躍だったようです。

 

中央に移籍したのは2006年ですが、それまでも積極的に中央競馬で騎乗していました。

 

2004年の菊花賞はデルタブルースとともに出走しました。この当時、岩田騎手は地方所属騎手でしたがこの菊花賞を勝利しました。菊花賞を制したことで史上初となる地方競馬所属騎手による中央G1タイトルを制したことになります。

 

2006年に中央に移籍してからも有力馬に騎乗し、G1タイトルを獲得しています。ディープブリランテでゴールドシップに先着したとき、三冠牝馬ジェンティルドンナで三冠馬オルフェーブルとの戦いを制したとき、ロードカナロアでスプリンターの国といえる香港スプリントを制したときも岩田騎手が騎乗していました。

 

デビューから2015年ごろまでは有力馬に騎乗して結果を残しましたが同時に荒々しい騎乗とアンフェアなプレーが目立っていて一部関係者から非難の声もありました。

 

そして2016年は重賞タイトルを獲得できず、スランプに陥りました。しかし、それから復活して再び重賞を制することになり、荒々しいプレーが減り制裁点もほとんどなくなりました。

 

2018年の天皇賞(春)ではレインボーラインで久々にG1タイトルを獲得。2019年もユーキャンスマイルで重賞を獲得しています。また、2019年は息子の岩田望来騎手もデビューしました。望来騎手と競馬界を盛り上げてほしいですね。

 

内田博幸騎手

元大井競馬所属の内田騎手はゴールドシップの主戦騎手として有名ですね。騎手デビューは1989年です。

 

大井でそこそこ結果を残していたものの的場文男騎手や石崎隆之騎手ら地方のトップジョッキーと比較すると目立った活躍はありませんでした。

 

しかし、目立たないだけで実力は高く2000年ごろには南関上位リーディングに名を連ねるほどになります。

 

そして2005年に南関のリーディングトップに輝くとその2年後に地方競馬で3000勝を達成します。これを日切りに中央の試験を受けることを決意した内田騎手。アンカツルールで学科を免除し、一発で試験を突破します。

 

中央のデビューは2008年の3月で移籍後初レースを勝ち切りました。デビューから絶好調で宝塚記念をエイシンデピュティで、菊花賞をオウケンブルースリで制しています。最終的に2008年は123勝をあげ、関東騎手リーディング1位と、非常に充実した一年でした。

 

2010年のダービーをエイシンフラッシュで、2012年の皐月賞をゴールドシップで制したことで、牡馬のクラシック三冠を全て制しました。近年は移籍直後のころほどの勢いはありませんが、それでも年に何回かは重賞を勝ち切っていますね。

 

戸崎圭太騎手

関東リーディングで常に上位争いしている戸崎騎手も大井競馬場所属の騎手でした。出身は栃木県です。特に競馬一家というわけではなく、高校の頃は野球部に所属していました。

 

卒業後の進路に県内にある地方競馬教養センターに受験して合格します。このころの戸崎騎手は中央競馬の存在を知らなかったといわれています。

 

大井競馬場所属騎手として1998年にデビューしました。デビューしてから10年近くは地方競馬で活躍していましたが一気に注目を浴びたのは2007年ごろ

 

中央競馬での遠征もさることながら2007年の南関リーディング3位と、大井のレジェンドといわれる的場文男騎手の記録を超える快挙を達成しました。

 

それからは地方での活躍はさることながら中央にも積極的に騎乗します。

 

2011年の安田記念をリアルインパクトで勝利を収め、G1タイトルを手にしましたがこの時の戸崎騎手は地方競馬所属騎手として勝利しました。

 

中央競馬の騎手免許を取得したのは2013年のことで、それまでに2度受験に落ちています。移籍してからの活躍も目覚ましいです。

 

2014年・2015年・2016年と3年連続でリーディングジョッキーとなり、特に2016年度は制裁点ゼロでのリーディングジョッキーとなりました。史上初の出来事です。

 

2019年には中央で勝星1000勝を達成し、勢いはとどまることをしりません。

 

ところが2019年の11月4日の浦和のJBCレディスクラシックにて落馬負傷し、右肘を骨折。長期休養を余儀なくされました。命に別状はないものの、復帰は未定で重症と捉えられます。

 

一刻も早いターフへの復帰に期待がかかります。

 

大出世する地方騎手は多い

地方から中央に移籍し、活躍した騎手をまとめてみました。

 

まず、安藤勝己さんが改正したようなアンカツルールは多くの地方騎手が利用されているのですね。

 

また、JRAで大活躍している騎手も地方出身だった騎手が多かったのは意外だったかもしれません。中央でデビュー騎手のほうが注目されがちですが地方騎手も全く侮れません。

 

今後も出世する地方騎手が出てくれることに期待したいです。

 

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