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福永祐一とはどんな騎手なのか?レース戦績、騎手としての特徴、今後の騎乗予定を紹介

 

「二世」という言葉はどのジャンルでもよく聞きます。

芸能界では二世タレントなどといい、スポーツの世界でもよく聞かれます。

競馬の世界では幼少から馬と共に生活してきた関係者が多いので、自然と親と同じ道を歩む人が少なくありません。

 

騎手の中でも例外ではありません。

親子で騎手になっているのは中央、地方含めても数多い例があります。

 

しかし、一流ジョッキーとして共に結果を残して活躍している例はさほど多くありません。

 

例に出すと武親子ですね。

競馬界の第一人者である武豊騎手の父親は「ターフの魔術師」といわれた武邦彦氏で、通算1000勝を超えており、息子の豊騎手と幸四郎騎手は現役騎手として未だ活躍しています。

 

そして今回ご紹介するのが福永祐一騎手です。

 

天才騎手・福永洋一の息子として騎手デビュー

父親は「天才騎手」といわれた福永洋一氏で、1970年代を代表するジョッキーであり、上記の武邦彦氏とはライバルの関係でした。

 

洋一氏は菊花賞の3000mという長丁場で、距離が不向きな追い込み馬に騎乗し、レースの半分から先頭に立ち、そのまま逃げ切るという奇策を用いて勝利するなど数々のレースでその騎乗技術を披露していました。

 

その技術は同期で通算勝利数2943勝の岡部幸雄氏や、同1767勝の柴田政人氏(現調教師)でさえ、勝てないと言わしめたほどです。

 

残念ながら1979年の落馬事故で、現役を引退してしまいますが、1996年に息子の福永祐一騎手がデビューします。

 

祐一騎手は洋一氏と親交のあった北橋修二厩舎に所属し、デビュー戦を勝利

 

現役トップジョッキーへ

続く2戦目も連勝で飾り、同年のJRA最多勝利新人騎手を受賞します。

翌1997年に重賞初制覇を成し遂げ、1999年には「プリモディーネ」でG1初勝利を成し遂げています。

 

しかし、その翌週に本馬場入場で落馬をし、左腎臓摘出するほどの大けがを負います。

その後夏に復帰し、12月には後に海外G1初制覇を共に飾る「エイシンプレストン」で2歳G1(当時の表記は3歳)を勝利します。

 

祐一騎手は2016年5月16日現在で、1860勝、重賞114勝、G1を19勝という成績を挙げており、現役トップジョッキ―として活躍しています。

 

福永祐一騎手の主なお手馬としては、香港国際G1を3勝した「エイシンプレストン」、桜花賞とNHKマイルCという変則二冠を達成した「ラインクラフト」、日米の芝オークスを制した「シーザリオ」、そのシーザリオの子供で菊花賞を制した「エピファネイア」がいます。

 

福永祐一騎手は人との約束を大事にし、たとえ後から強い馬の騎乗依頼が来たとしても、先約は決して断らないという人情味があります。

例としては2002年に2歳G1を勝利した「エイシンチャンプ」でクラシックの先約を受けた時に、後からデビューしたもう一頭のお手馬「ネオユニバース」のクラシック騎乗を断ったことです。

 

この後、「ネオユニバース」はミルコ・デムーロ騎手を背に皐月賞とダービーを制することになります。

恐らくどちらが強いかは分かったうえでの判断だったといえるでしょう。

人とのつながりを大事にする祐一騎手ならではといえます。

 

まとめ

福永祐一騎手の今後は、昨秋のケガの影響で今年の有力馬には騎乗していない為、クラシック戦線はどの馬に騎乗するかは確定していませんが、古馬中距離戦ではドバイDFを制した「リアルスティール」とのコンビが復活し、安田記念から宝塚記念。

 

長距離線では「シュヴァルグラン」、短距離戦では高松宮記念を制した「ビッグアーサー」で秋のスプリンターズSが待ち受けています。

 

天才騎手・福永洋一の息子」と言われるのを全く嫌じゃないという福永祐一騎手。

 

G1をたくさん勝利しても、いまだにダービーには手が届きませんが、悲願のダービー制覇へ向けて今後の活躍が期待されます。

 

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